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【インタビュー】国内コンペティション長編部門『バカヤロウの背中』藤本匠監督

 

バカヤロウの背中
藤本 匠 監督インタビュー

 

——プロフィールを拝見すると、彫刻を学びながら、演劇の演出家、そして舞台音楽家から今回、映画とユニークな道をたどっていらっしゃいますね。

 

はたから見ると、そう映るかもしれません。ただ、映画は子どものころから好きで、中学ぐらいですでに「いつか撮りたい」と思っていました。一方で、絵を描いたり、木工といったモノづくりも好きだったんです。

 

それで大学進学を前にしたとき、高校で美術をやっていたこともあって、まずは美大で彫刻を学ぼうと。そう考えたことのにはきちんと理由があって、大学に入るとき、やはりその先の職業をどうするかと考えますよね。そのとき自分としては、映画や映像メディア全般に関しては、仕事を始めてからでも、覚えることができる、習得可能だろうと思ったんです。だから、今はカメラの扱いといった技術面ではなく、人の心をどうやったら感動させられるのかといった演出面を追求してみたいと思って美術の道を選択しました。

 

ということで、地元の神戸を離れて、金沢美術工芸大学に進んで、彫刻を学ぶことにしました。そこで、地元の劇団があったんですけど、一緒にやらないかと声をかけられて、演出をするようになりました。ほんとうは映画サークルのようなものがあれば所属したかったんですけど、金沢美術工芸大学にはなかった。周囲にカメラマンやスタッフをやっているような人物もいない。近隣の大学にも、これといった映画サークルはなかったので、これはしょうがないということで、縁をもらった演劇を始めることにしました。

 

——それで彫刻やりながら演劇を。

 

そうですね。あと、舞台音楽家もはじめて、ロシアや韓国で海外公演にも参加しました。美術を学び、演劇を始めたら、空間について考えたり、空間の中での音について考えたり、役者の在り方を考えたりと、アンテナがどんどん増えていった感じです。

 

そのあと、今度はいろいろあって京都に行くんですけど、「幻灯劇場」というクリエイター集団と出会って、ようやく映画を作れる仲間と出会えた気がしたんですね。そうなったときに、彫刻はもう違うかなと(笑)。

 

——心が映画にシフトチェンジしていった?

 

大学の中で、インスタレーションとパフォーマンスの溝を埋めていくような創作とか、演劇のジャンルと彫刻を融合した舞台とかやってみたんですけど、結局、それを講評できる人がいないんですね。美術の専門外だと。それで、もっと自分に似合うステージがあるんじゃないかと考えたとき、やはり映画ではないかと。芝居も音楽のことも、舞台空間のこともいろいろなことを総合的に考えて作れるのはやはり映画だなとの考えに至りました。ひとりでコツコツとアート作品を作るよりも、大人数でわいわい、ああでもないこうでもないとやりながらひとつのものを作っていくほうが自分には向いていることにも気づいてもいました。

 

ただ、金沢だと同世代でしのぎを削り合うような相手がいなかったんです。演劇の活動をしている人はいても、そうやって共闘できる人と出会いたかった。

 

——それで武蔵野美術大学に編入して、映画を本格的に学ぶことにした。

 

そうですね。美大で考えて、映画作りに集中できるところを探したら、武蔵野美術大学が一番いい環境だと思いました。

 

——編入して一気に映画の道が拓けた感じでしたか?

 

拓けましたね。同じ目線で映画を作っている人間がすぐ隣にいる。武蔵野美術大は技術部の専門はいないんですよ。録音マンや撮影マンといったのは。メディアアートなど多分野にわたって映画を総合的に学びながら、実写というジャンルだとひとりひとりが監督業をいったん学ぶ。横のつながりで本質的な映画の話ができる仲間がここでできました。

 

——映画を作れる環境はどんどん整った。

 

大学としてもどんどん作品を作れといった気風がありましたから、気持ちは高まりましたね。

 

——その中で、この作品はどのようにスタートしたのでしょう。

 

卒業制作とはいえ自主制作ですから、まずは賛同してくれるものでないと、人は集まってくれない。だから、シンプルに面白い映画を作りたいと思いました。

 

それまで、表現主義的だったり、象徴主義的だったり、構造主義的だったり、いわゆるアヴァンギャルドな作品ばかりをやってきたんですよ。たとえば、こたつが主人公の芝居とか。それで「お前は人間に興味がないんじゃないか」とかいわれて(笑)。なので、それはいったん置いておこうと。人の心を持った作品をそろそろ作らないとダメじゃないかと思ったんです。

 

そう考えたとき、自分が好きな映画に立ち返ろうと思いました。いままで、新しいジャンルの領域を探りたいと思ってきたんですけど、素直に自分の大好きな映画を作ろうと考えました。変な話ですけど、両親や親戚が見ても「おもしろい」といってもらえるようなものを作りたいなと。

 

——それは喜劇ということですか。

 

(チャールズ・)チャップリンが大好きなんです。彼の作品って、ものすごい悲惨な出来事や状況におかれている人間が笑いやユーモアでそれをしぶとく乗り越えていく。それって今の時代も大切なんじゃないかなと思うんです。それで喜劇をやりたいと思いました。

 

『バカヤロウの背中』場面写真 ©藤本匠

 

 

——ストーリーのアイデアはどういうところから?

 

舞台になっている2階が昔の長屋のようになったアパートがありますけど、実はあそこはアトリエとして使っていた場所で。そのときから、これは映画の舞台になるなと、空間的なインスピレーションを受けていたんですね。

 

それと前の大学を出て少ししたら、周囲の友人がなぜか結婚し始めたんですよ。僕の中ではまだ遠いことと思ってたんですけど、身近なところで起き始めた。

 

そのときに、思い出したのが山田洋次監督の『下町の太陽』。確か高校生ぐらいのときにみ、衝撃を受けた作品で。20歳をちょっとすぎた若い男女が結婚を意識しながら、地道に働いて、いつか古い木造住宅や長屋が立ち並ぶ下町を抜け出して、夢見ているんだけども、倍賞千恵子演じる主人公が、結婚の話をきっかけに社会の側でみんなが思っている既成の幸せの概念に懐疑的になっていくといった内容なんですけど、そういった話ができないかなと。

 

——おんぼろシェアハウスが舞台。主人公の峻と雪は、中国人留学生らの隣人とともにつつましく暮らしている。ただ、二人は結婚を意識しながらも、なにか先立つものがない。雪はバリバリ働いているが、峻はどこか夢をあきらめないでいる。確かに重なるところがありますね。

 

『下町の太陽』の世界をどこか意識しながらも、ひとつひとつの内容は俳優からのインスピレーションでできていったものです。実は、主演の本城祐哉さんと鳩川七海さんは「幻灯劇場」の仲間。出会ったときから、この二人を主演にした映画を作りたいと思っていました。この二人でなにかやったら絶対面白いものができると思っていたんです。

 

なので、この二人が演じるキャラクターだったら、人間関係がどうなっていくだろうとか想像しながらストーリーを膨らませていきました。

 

——物語は、長屋に峻の元恋人が転がりこんできたことでひと悶着。そこから峻と雪の恋愛が流転していく。そのすったもんだの二人が見せるかけあいが絶妙です。

 

きちんとした脚本を用意する監督や脚本家の方には怒られるかもしれないのですが、いくつかのシーンの脚本上では、俳優がどのように動くか通常なら記すト書きを一切入れなかったんです。シーンの柱しか示さない。「いま、この状態です。どうしましょうか」と、その場でエチュードを始めてすべてを決めていきました。

 

演劇の稽古場で起きるクリエイションを、映画の撮影現場でできないかと考えたんです。脚本に書かれたことがすべて正しいこともあるでしょう。でも、脚本にとらわれずに、その場の空間でクリエイションしていくのもひとつの手法なんじゃないかと。それで思い切ってトライしてみました。

 

大学在学時に、サウンドアート、インプロビゼーション・ミュージックをけっこうやったんですよ。いわゆる即興演奏です。たとえば、こういう空間がある。そこにあるお題を示して、10人がそれぞれ自分の役割を考えながらセッションしてひとつの音楽を形成していく。こういうセッションをすれば、映画撮影でも同じような意外な化学反応が起こるのではないかと思ったんです。そのあたりが主演の二人の独特のグルーヴにつながったかなと思っています。

 

——その象徴とも思えるのが、劇中で突然始まるミュージカル風のダンスシーンです。

 

過去のある時間を振り返るシーンになるんですけど、単なる回想では面白くない。なにか身体と空間をもって伝える方法はないかと思ったんです。考えたとき、本城さんも鳩川さんもダンサーで、それを生かさない手はないなと。ダンサーである彼ら自身の本質と役が合わさって、何か伝わるのではないかと思ったんです。突飛という人もいると思うんですけど、僕としては一番しっくりくる表現だと思っています。

 

 

——今回の国内コンペティションの入選はどう受け止めていますか?

 

実は、SKIPシティにはちょっと縁があって。以前、ある活動(国際交流基金の「...and Action! Asia」)でお世話になって、川口に滞在したことがあったんです。ですから、愛着があるというか。自分の中で、ホームに戻ってこれたようなうれしさがあります。

後はなんといっても、自主は観てもらえる機会がないと、実質的に作品は死んだようなもの。上映機会ができたことでひとつ胸をなでおろしています。海外の方にもみていただけるかもしれませんし、どういう受け取られ方をするんだろうとかすごく楽しみですね。

 

——映画は観てもらって作品が完成しますからね。

 

そうですね。でも内心は気が気じゃないです。ただ、自分自身が上映を観るのが楽しみな気持ちもあります。というのも、SKIPシティは上映環境がとてもいい。劇場をものすごく意識して自分では作ったんです。シネスコにしたり、音もこだわって自分で作ったりと、こだわりましたから、そのあたりがきちんと伝わるものになっているのか当日確認したいと思っています。

 

まあ、でもみなさんにはそんなことは考えずに、長屋ものの人情喜劇として楽しんでもらえればうれしいです。『男はつらいよ』を観るような気楽な感じで会場に足をお運びいただければと思います。

 

 (取材・文:水上賢治)

 

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